PEOPLE WHO WEAR A LAB COAT 白衣を身に纏ったプロフェッショナル達のストーリー

Story

札幌医科大学消化器・総合、乳腺・内分泌外科学講座教授

竹政 伊知朗

絶望の淵から人が立ち上がる。

その姿に自分自身も励まされる

今回は、大都会・大阪で世界レベルの大腸がん手術に取り組んできた経験を、北海道の地域医療に応用しながら、がん手術成績の向上に取り組んでいる、札幌医科大学消化器・総合、乳腺・内分泌外科学講座教授の竹内伊知朗医師にお話を伺います。

竹政先生が医師として持ち続けている“こだわり”を教えていただけますか?

外科医なので「手術」にはとことんこだわりがあります。がんの治療には「抗がん剤」や「放射線」などさまざまなアプローチがある中で、「手術」は患者さんへの影響がとても大きいものです。だからこそ、合併症率が低く、根治性に優れ、さらには(閉創後の)傷が美しい、といったような質の高い手術が望まれますが、これは小さなことの積み重ねによって、ようやく達成されます。

例えば、「メスの先端に神経を集中しつつ、刃のどの部分で切るのがよいか」、「脂肪の色や細かな血管に分布を見て、切るべき境界はどこか」など、一見小さなことのようでも、状況に応じてそれらを素早く判断する緻密さが大事です。

それは過去のデータや経験から、ということでしょうか。

はい。「手術」のそれぞれの操作には明確な目的と、データに裏打ちされた理由があります。だから、一つひとつの動作に対して、「こっちの方がいい」「こうするべき」とはっきり言えるのです。同様に、「見えているから切る」のではなく、「切るために見せる」いう能動的な意識が大切です。ですので、僕は若い医師に、緻密で能動的な手術をするよう、いつも指導しています。

手術成績は術者の技量によって左右され、合併症率や根治性、すなわち人の生死に影響を与えます。だからこそ、僕たちはメスの持ち方1つをとっても、徹底的にこだわる必要があるのです。

人の生死に関わる“こだわり”を持ち続けるのは、時にはとても困難なことではないでしょうか。そもそも竹政先生はなぜ、外科医を選んだのですか?

父が外科医だったこともあり、自然と医師を目指すようになりました。大学卒業時には、外科医になることに迷いは一切ありませんでしたね。研修医のときには「大腸がんを専門にする」とすでに決めていたように思います。

その強い意志は、どこから生まれたのでしょうか?

ずっと「外科医ってかっこいい」と思っていて。僕は50歳で、ちょうど『ブラックジャック』世代なんですよ(笑)。
作者の手塚治虫さんは大阪大学医学部の旧第二外科出身で、私の医局の大先輩に当たるんです。やっぱり、刷り込みはありますよね。

なんと、そんな背景が!

「手術」でがんに立ち向かうという外科の治療プロセスも、自分の性に合っています。今、日本人の2人に1人はがんに罹患し、3人に1人はがんで死亡しています。しかも、大腸がんは女性にもっとも多いがん死因ですから、決して他人事ではありません。

がんの告知を受けた人は、動揺、否定、落胆などさまざまな感情を経て、やがてそれを受容して治療に向き合います。これまでの人生と比べて、極めて短い時間で、激動のライフイベントを経験することになりますが、治療が上手くいけば元の生活スタイルに戻り、新たな希望を見出すこともできる。それが人生の縮図を見るようで、人生の先輩方に学ばせていただいていると感じています。

大腸がんの5年生存率は70%程度ですから、いい「手術」ができれば、決して不治の病というわけではありません。絶望の淵から人が立ち上がる、その姿に自分自身も励まされているのです。

北海道についての印象はいかがでしょうか。こちらに赴任されてから、もうすぐ1年と伺いましたが。

そうですね、気候の変化はもちろんですが(笑)、一番大きな違いはやはり、広いことでしょうか。医師一人あたりの医療担当面積が、北海道は東京の100倍以上あります。つまり、北海道の医師は、極めて広い地域をカバーしなければいけません。そうなると当然、医師に求められるタスクも、大都市圏の東京や大阪とは違ってきます。

前任地の大阪では、主に世界に発信できる最先端医療に注力してきました。専門性が高い最新の外科治療の開発に取り組むことは、日本の医療レベルをあげる上でとても重要だと考えていた一方、これまで地域医療に真剣に向き合うことは少なかったように思います。しかし、ここ北海道には医療過疎が深刻な地域が散在し、地域医療への取り組みがとても大事なことだとわかりました。

したがって、北海道の医師には外科にとどまらない幅広い知識や能力が必要です。ただ、そうなると外科の専門性が弱くなってしまいがちで、世界レベルの発信が難しくなります。このジレンマが、今の僕にとっての最大の課題ですね。

地域医療と最先端医療というのは、ベクトルの一致しない分野であると感じます。どうやって、それを融合していくのでしょうか。

例えば、このカンファレンスルームにあるモニターは、関連病院のある紋別や根室をつなぐ遠隔医療支援システムの1つです。札幌と根室の距離は400km以上あり、簡単に行き来することはできません。しかし、このシステムがあれば、札幌にいながら手術指導ができるようになります。はるか遠いところから、双方向、リアルタイムで、複数の手術映像・音声を共有し、医師の育成をすることが可能なのです。

現在、道の補助を受けて、このシステムの試験運用が始まろうとしています。これを活用してがんの治療成績を上げることができれば、東京や大阪などの大都市とそれ以外の地方をつないだ新しい治療体系も期待できます。ほかにも、手術ロボットのダ・ヴィンチを遠隔医療に応用することも期待されています。

このような、北海道ならではの新しいプロジェクトに興味を持ち、一緒に頑張ってくれる若い医師を数多く育てながら、遠隔医療支援システムを実現させる。これが、僕にとって、異なる2つのベクトルを融合させることだと考えています。

そういった新しいチャレンジに取り組む日々は、常に緊張感を保ち続けることになりそうですね。気を引き締めるという意味で、例えば身にまとう白衣に関するこだわりはありますか?

患者さんから見て、担当医の白衣が汚れていたりシワがついたりしたら、それだけで医療に対する信頼が揺らいでしまうかもしれません。社会人が日常にスーツを着る、結婚式でドレスや礼服を着る、これらは自分を良く見せるためではなく、自身を律するためのルーティンであり、接する人に対する礼儀です。

がん治療では、患者さんは生死を僕たちに預けてくれています。患者さんと医師の信頼関係がなければ、治療に支障をきたすかもしれません。がん治療の成績を1%でも上げるために、信頼関係を築くことは必要不可欠なステップです。そのためにも、医師は身なりに気をつけるべき、と考えています。

竹政先生が白衣を選ぶポイントはどこですか?

生地感が厚く、着てしっくりくることですね。スーツを選ぶとき、ジャストサイズでしっかりした生地感でないと、見た目に違和感があるじゃないですか。だから、型崩れしやすい薄い素材の白衣は着ないようにしています。クラシコの白衣は、生地がしっかりしていて、デザインもすっきりしているので、とても気に入っています。

竹政 伊知朗医師 Ichiro Takemasa

大阪医科大学卒業。
大阪大学医学部附属病院旧第二外科に入局。
大阪大学医学部大学院を卒業後、同大学で助教、診療局長、講師を経て、2015年に札幌医科大学消化器・総合、乳腺・内分泌外科学講座教授に就任。現在、北海道から発信する最先端医療と地域医療の融合に精力的に取り組んでいる。

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