Story

鳥取大学医学部副学部長
胸部外科学分野教授

中村 廣繁

「進取の気性」を忘れたら、

誰かの後を追うことしかできなくなってしまう

鳥取大学医学部副学部長であり、胸部外科学分野教授の中村廣繁先生は、肺がんのロボット手術の第一人者。教育者として医師を育成しながら、自身も先進分野でトップランナーとして手を動かし続ける理由とは。

中村先生が医師として持ち続けている“こだわり”を教えていただけますか?

「人の命」の尊厳に対する畏敬の念を、常に持ち続けています。かけがえのないものに関わる仕事をしている以上、欠かせないのは自己研鑽です。圧倒的な知識を、技術を、身に着けなければなりません。

そして、これらの基盤になるのが心です。よく「仁」という言葉で表現されますが、相手を慈しみ、思いやる心。医師に求められるのは、知識(Head)・技術(Hand)・心(Heart)の3つのHを兼ね備えることだと私は考えています。

誰かを「腕のいい外科医」と評するとき、「心」の面はあまり考慮されないように思います。

医師になって30年以上が経ちますが、思い返せば当初は「人の役に立ちたい」という想いが先行して、知識や技術ばかりを追い求めていました。しかし、経験を積むうちに、人の命を預かる怖さをどんどん感じるようになっていったんです。

この仕事は、人の運命を決めたり、変えたりする。ならば、知識や技術があるのは当たり前です。むしろ、その知識や技術が、どんな基盤の上に積み重ねられたのかが、患者さんの運命を左右する。これは、若い頃にはなかなか気づけませんでした。

30年というのは、長い時間です。己に厳しい研鑽を課し続けることは、辛くはありませんか?

もちろん、心が挫けそうになるときも、多々ありますよ。例えば、完璧な肺がんの手術ができても、後に患者さんが再発するなどして、救えないことがある。そんなときは無力感に打ちひしがれます。医療の限界や命の儚さとも、常に向き合わなければいけません。

一方で、私たちの治療によって、難しい病状の患者さんが驚くほど元気になって帰られることもある。その喜びこそが、医師のやりがいでしょう。長年、医師をしていると、やはり辛さよりも喜びが上回りますね。

中村先生は副学部長として教育にも携わられています。医療環境の変化をどう見ますか?

昔は「オレの背中を見て盗め」というスタンスの先輩医師が多く、手取り足取りは教えてもらえませんでした。しかし、今はもう背中だけで語れる時代ではありません。どのような教育を受けたいのか、若手医師の意向を聞いて、できるだけそれに沿うように指導しています。とはいえ、背中で語る余地がまだ残っているのが、外科手術です。

外科は手術が「命」です。そして手術は、情熱を持てば持つほど結果が伴います。私自身、呼吸器外科のロボット手術を専門とし、症例数の面でも日本のトップレベルであるという信念を持っていますが、やはり常に手を動かしていないと若手に対して説得力がありません。

肺がんのロボット手術のように、最先端の医療に取り組まれるのはなぜですか。

子供のころから進取の気性が強いので、新しいことには何でも挑戦したくなります。さらに、土地柄も関係しているでしょう。私のように地方の医学部にいてそのマインドを忘れたら、誰かの後を追うことしかできなくなってしまいますから。

うちの同門会の理念は「チャレンジ」です。新しいものが良いか悪いかは、やってみなければわからない。だから勉強して、実際に挑戦する。その繰り返しによって、私は医師として成長してきたと思っています。

各領域の専門性は深まり、常に新しい技術も生まれている。現代の医師は大変です。

そうですね。ただし今、医師に求められているのは、まったく新しい能力というわけではありません。私たちが取り組むべきは、患者さんを救うことです。そのためにどんな治療が適切なのか、私たちはずっと手元にある選択肢から選んできました。これは現代も何ら変わりません。その選択肢がとても増えてきたのが今、ということになるでしょう。

これからも患者さんを救うためには、どうすればいいのか。その一つの答えは、専門家同士の連携だと私は考えます。一人ですべてを賄えない時代だからこそ、チーム医療でカバーする。そういう意味ではたしかに以前より、医師に協調性が求められる時代になったと思います。

治療の選択肢が増える一方、どれを選ぶか迷いが生じることはないのでしょうか。

もちろん、それはあるでしょう。そうして下した判断の一つひとつが患者さんの命に直結するわけですから、私自身、今でも手術は怖いです。怖いから、自分を奮い立たせる。そのために必要なのが自信です。どんな手術でも、想定外のことは起こり得ますから、怖さはなくなりません。だから、怖いときはより勉強する。腕を磨いて、自信を持つようにするのです。

その自信は「3H」の上に成り立つわけですね。医師が身に着ける白衣については、何かこだわりはありますか?

白衣は医師のユニフォームです。ユニフォームはプロフェッショナルが身に着けるもの。であれば、身に着けた瞬間に、プロとしてスイッチが入るトリガーとなることが望ましい。私の場合はそこに、スタイリッシュさを求めます。しっかりと「身が引き締まる」ように、ですね。

その上で、機能も重視しています。この仕事をしている限り、白衣を身に着ける時間は長いですからね。肩が凝らなかったり、熱が籠もらなかったり、ポケットに手を入れやすかったり。スタイリッシュさと機能性の両立を考えた結果、クラシコさんの白衣に行き着きました。

外科医の先生は、あまり白衣を気にされないかと思っていました。

手術中はもちろんスクラブです。スクラブはより着心地を重視しますが、手術室以外では基本的に身に着けません。やはり外来では、患者さんと信頼関係を築くためにも、白衣とネクタイで身だしなみをしっかり整えるのが私にとっての基本ですね。

私は実は、白衣コレクターなんです。アメリカに出張すると、現地で見つけた白衣を買って帰るくらい白衣が好きでして(笑)。向こうの白衣って、日本にはないポケットの形やバックルなど、変わったデザインが多いですね。目が肥えていますから、私が白衣に求めるレベルはなかなか高いと思いますよ。

中村 廣繁医師 Hiroshige Nakamura

1984年鳥取大学医学部医学科卒業。1988年同大学医学研究科博士課程修了後、同大学医学部附属病院や同県内の病院にて外科の研鑽を積み、1998年に米国ワシントン州立大学留学。帰国後、2001年国立米子病院呼吸器外科医長、2004年国立病院機構米子医療センター外科系診療部長を歴任。2005年から鳥取大学医学部附属病院胸部外科科長・准教授を務め、2013年に胸部外科学分野教授。2015年にシミュレーションセンター長、2015年に副学部長に就任、現在に至る。

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